教祖yaneの

教祖yaneの宗教とは全く無関係な話。実は、使者でもある

人が死んでも悲しくないのはなぜ【教祖の理由】

f:id:c120378990c:20180118184405j:plain

家族や恋人が死ぬのは「悲しい」というのが一般的。

教祖はそうは思わない。人が死んでも悲しくないその理由について。

 

 

人が死んでも悲しくない、なんとも思わない

 

祖母が亡くなった時思ったこと

約1年前に唯一のおばあちゃんが亡くなった。

他のばあさん、じいさんはすでに死んで最後の親の親だった。

 

おばあさんは教祖の親が離婚する前(小学生の時)は二世帯ではないが、居候的な感じで少しの期間一緒に住んだり、割と近くに住んでいることが多かった。

遠くに住んでいて正月にしか会わないおばあさんとは違って、過ごした時間は長かったと思う。

 

おばあさんは数年前から認知症になってきていたので施設に入っていた。教祖は面会に行ったことは1度だけで、その時教祖を誰かは分かっていなかった。

それから何年かして亡くなり、葬式には一応出た。

 

 

全く悲しくなかった。パーセントでいうと0%。

 

 

悲しくも、嬉しくも、なんでもない無。親戚が悲しんでいるのを見て哀れみは感じた。

その時の感情はそれだけだったと思う。

スポンサーリンク

 

 

教祖は感情を失っているのか

「○○で感動した」という話を友達にすると「ようやく人の心を取り戻したか」と言われる。

なぜか身内では感情を失った人というキャラが根付いている。

 

だが、教祖は自分は感情があると思っている。

映画を見たり本を読んだり、テレビのドキュメンタリーや何かを本気で頑張っている人を見たり、特に感動させようとしないシーンでも感動したりする。

最近ではM1を見て感動した。

 

その辺の散歩している犬を見て、「良い飼い主に飼われてよかったな」といまだに殺処分がなくならない日本に悲しく思ったりもする。

笑い上戸だとも思う。喜怒哀楽はそれなりに感じやすい方だと勝手に思っている。

だから感情がない訳ではないと個人的には思っている。

 

 

もし、家族や恋人が死んだら

今生きている家族(親や兄弟)が、仮に死んだとしても悲しいと思わない。

おばあさんと同じように葬式を過ごすだろう。

 

ただ恋人は違う。とても悲しむと思う。結婚したとして奥さんが死んでも悲しい。

できた子供が死んでも悲しい。今部屋にいるヒョウモントカゲモドキが死んでも悲しい。

その違いがなんなのか、理由を考えてみた。

 

 

人が死んでも悲しくない理由

f:id:c120378990c:20180118184743j:plain

遠い人

遠いとはその人としばらく会ってなくて、会ったとしても数年に1回とか、要するにあまり会わない人。

教祖は昔友達で、今はほとんど会わない人が亡くなっても悲しくならない。

 

昔知っていただけで今は他人。そんな人が死んだからといって悲しくはならない。

会わなくなっているので自分の人生の重要な存在ではなくなっているし、仮に生きていたとしても会わないのであればなおさら。

 

思い出が頭をよぎることがない。会わなくなった現在とかけ離れているから。

家族とも会っていなければ同じようにそんな存在になる(実際そんなに頻繁に会ってはいない)。血のつながりなんて関係ない。

 

自分の人生の中で重要な割合を占めていると悲しくなる。

これからも自分の人生に関わるだろう、最近、過去数年ずっと関わってきた人が亡くなるのは悲しい。

 

だから恋人や奥さん、自分の子供はほとんど毎日一緒に過ごしているし、これからも過ごす可能性が高いので悲しい。

ペットも同じ。

 

 

今まで一緒に生きてきたのに一人で生きていくのは寂しい。空気のような存在だった人がいなくなる。

亡くなった結果自分が辛い。寂しい。悲しい。

自己中心的な考えかもしれないが、会えなくなると自分にとって都合が悪い人以外は悲しくないのではないかと思う。

スポンサーリンク

 

 

寿命だから仕方ないと思ってしまう

病気や災害、事故などで亡くなるのと、寿命で亡くなるとでは悲しさが違うと思う。

寿命だと仕方ないなと諦められるが、その他の原因だと悔しさや亡くなったこと自体の悲しさではない悲しみを感じてしまう。

 

亡くなった原因も関係している。

だから子供や恋人などまだ寿命がある人が死ぬと悲しいのではないかと思う。

寿命は受け入れるしかないという考え。

 

 

人が死んで悲しくないのは異常ではない

悲しくなさそうな人は他にもいた。悲しくなさそうというか関心がなさそうだった。

教祖のように口には出さないが、その人から悲しさは全く感じなかった。

あれ、これっておかしいのか?とも思ったが、悲しくないものは仕方ないし、わざとらしく悲しいふりなんてする方が気持ち悪いと思った。

 

実際、不謹慎と思われるので言わないだけで、悲しいと思わない人は多いと思う。

泣いている人を見てもらい泣きするのは、亡くなったことが悲しくて泣いているのではなく、ただ感情移入しているだけ。

 

 

これは珍しいことではなくネットで調べてみると、意外にも同じように感じている人は多く、自分は異常なのか?と心配している人もいた。

わざわざ悲しくないことを他人に言う必要はないが、自分の感情に素直なことは間違っていないと思う。

 

  • 人が死んだ=悲しい
  • 結婚した=喜ぶ

ではない。そうでなければいけないと考えている人がいる。そういう人とは恐らく分かり合うことができない。

だから教祖と同じように死を悲しめない人(場合によっては悲しめる人)は、そういう人にはこの手の話はしない方が良い。

すぐに常識論、一般論を持ち出してくる。

スポンサーリンク